自分が話している言葉が相手には分かりにくいということを知っていますか?、、、それは忘れているのか?!気づかないのか?!、、、私は心のことやコミュニケーションを学ぶまで気づいていませんでした(^^;。しかも大人が話す言葉、親が話す言葉は価値判断が入った言葉多く、子どもには全然伝わりません(><)
子どもはそのままを理解しようとは思っている
この動画のように
例えば、これを聞いて何をイメージしますか?
あるホテルの窓から外を見ました。
外には赤い車が止まっています。
私たちは何かを聞くと勝手に何かを想像します。
上記の文章は具体的なようで実は違います。
この文章は聞く人によって違うイメージの世界が広がっているのです。
だって、、、、、
- どんなホテルなのか
- その窓は何階の窓なのか
- 窓の大きさは何か
- 赤い車の車種は何か
- 誰がのぞいているのか
違うはずです。
それに加えて大人が使う言葉のほとんどが価値判断言葉が多い
ちゃんとしなさい
ちゃっちゃとしなさい
早くしなさい
それはおかしい
それは正しくない
こっちの方がいいでしょ
それは変でしょ
マナー違反です
意地悪したらダメでしょ
喧嘩はしてはいけない
譲りなさい
言っている本人には当然のようなことは聞く人にとっては、どの場面で何の誰が困っているのか全然わかりません。
これらの言葉には何かの価値基準があり、何かを見て何かを感じて過去の知識から判断されて正しくないと言っている。
正しくないことをされると正したくなるけれど、、、軸対話でよーーく見て対応ようになると、子どもは、単純にほぼ悪気はなく、自分の欲求を満たしたいだけで動いていることに気づけるようになる。
そのことに気づいた時に初めて、、、ああああ〜今までの私の言ってることが本当にわからなかったのね、と(^^;
人間対人間として接する
「正しい間違い」の価値基準ではなく、大人が子どものことを自分と同じ一人の人間として対応する。すると正常な人間の欲求を自らで満たそうと動いている人なんだと見ていると、、、、子どもの行動を正しいか間違っているかの評価することが少なくなる。
要は、変な期待はせずにその時を真摯に向き合って対応することが大切だし楽です。
教えようとか、
正そうとか、
もっとよくなって欲しいとか、
変な期待をせずに^^
人間対人間として軸対話でシンプルに
自分がイヤかやじゃないか
どっちがイヤなのか
相手がイヤなら聞く
私がイヤなら伝える
これだけでいいんです。^^
身につけるまでは大変ですけどね(^^;
これさえできれば話し合いもできるようになるんですよ^^
それでもどうしても恨まれてもいいから子どもに言いたい人っているんだよね。
そんな時は何が隠れているんでしょうね。
分かりにくい言葉と分かりやすい言葉についてももう少し書きたいですね。
次回です。


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