人のために動いている援助職の地位が低いことや低賃金であることは、おかしいのではないか?!と前回【26】疑問を投げかけました。なかなかできない崇高な心の持ち主になるようにということで、反抗心を奪っているように思えるのは私だけでしょうか?
搾取が搾取を生むシステム
人の顔色を伺うように言葉を奪い力を奪い
人の役に立つことは素晴らしいことだと植えつけ
従順であることで愛情を示すように教え込まれる
誰が一体喜ぶのでしょう?
それは、、、その時の権力者ですよね。
一人はみんなのために みんなは一人のために、
自分勝手はいけません、人のことを考えましょう。
と言っておくと一番楽ができるのは誰ですか?
・・・先生ですよね。
価値判断言葉で統率をとりたのか?!教訓を与えたいのか?!何れにしても価値判断言葉で人をコントロールしようと思っても限界がある。
一方で人間には人の役に立ちたいと思いや
役に立つことの喜びも確かにある。
おそらくこの傾向が強いのがアジア人だと思うのです。
それは、なぜか?!
アジア人であること
マズローがアジアにきて「こんな欲求があるのか!?」と知ったもの。。。それが人のことを優先にできる高次の欲求です。
アジアは米の文化です。
農耕民族が主体で、狩の文化ではない。
農耕文化は助け合う文化、だからこそ女性のコミュ力が高いのだと知ったのは茂木健一郎さんの著書からです。アジアは女性だけではなく男性も農耕に従事しました。そしてそれはミラーニューロンという、他人の行動が自分のことのように感じる脳の神経細胞の発達を優位にさせた。
このミラーニューロンがあるからアジア人は思想だけではなく、自他分離が難しい人たちのように考えています。
高次の欲求である『人のために』という思想
どこから来たのでしょう?
まだ調べている最中ですが、、、歴史的にいうと大陸(中国)からの宗教。当時宗教は時の権力者の参謀のような指針を与えるような存在です。現代でいうと海外からのコミュニケーション理論は人のことを先に考えましょう。と言います。
あなたが採用している考えはどこから来たのでしょう?
時の権力者にはどんな人がなりますか?
中には高い志もあるかもしれないけれど、欲求が明確な人がのし上がっていきます。のし上がった欲求が明確な人は、他人ことも考えられないと尊敬を集めることはできません。だから『人のために』という思想が必要なんです。
海外からの輸入品のコミュニケーション論は狩の文化の人たちの思想です。この人たちは、人のことを考えることが苦手な人たちです。言い争いばかりでは傷つくだけです。だから『人のために』という思想が必要なんです。
反応しまくりの人はミラーニューロンが発達している人
子どもが困っていると自分も困り
子どもに拒否されると自分が責められてるように思い
他人に拒否られると萎縮し
他人に嫌われることを怖がり
他人の怒りが怖かったり
他人を怒らせたと気にできる人たちは
もともと『人のために』という思想というよりミラーニューロンが充分発達しているので、もっと原始的な欲求や感情を優先的に大切にしても問題は起こらない、、、と考えている私は、、性善説すぎますか?
自分を表現するスベを身につけよう!
人のことを考えて人の迷惑を考えて、自分の意見を抑えることより表現するスベを身につけることが重要のように思うのです。そのためには自分の欲求や価値観や感情を明確にすることが必要です。だから軸対話が必要なのです。


最新記事 by 川西未来子 (全て見る)
- 反応は親の直感かもしれない:サインについてvol.3 - 2018年4月9日
- 反応は親の直感かもしれない:サインについてvol.2 - 2018年4月7日
- 反応は親の直感かもしれない:サインについてvol.1 - 2018年4月5日